: 開 :

「良いか、零、星が無ければいけない」
 父からその言葉を聞いたのは、もう十何年も昔の事だ。その時の僕は、本当に小さな子供だったと思う。この言葉が会話の流れで発されたのか、それともこの言葉だけで発されたのかはもう覚えていない。それでも、唐突だった事に違いは無いだろう。何の事かと聞き返した僕に、父は、その時になればわからなくとも解る、と云って、笑った。
 まあ、兎に角、父は僕にこう云ったのだった。星が無ければいけない、と。
 そして、それは確かに、全くその通りだった。

――星が無ければ、帰ってこられない。

 さて、あれはもう何年前の事になるのだろうか。唯一、夏だった事だけ、はっきりとしているのだけれど。
 父のあの言葉を聞いてから何年も経ったあの日、僕は部屋で、もう読み潰してしまった本に、ぱらぱらと目を通していた。

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