: 閉 :

 腹部に衝撃を感じたと脳が認識した時には、緋彦は既に床に倒れていた。赤い水が床にこぼれているのが、それにまみれたナイフが転がっているのが、見える。それを知覚した一瞬後、少し遅れて傷口に激痛が走ったが、緋彦の喉からは声は出なかった。
 視界がぼやけ始め、体温が急激に下がる。
 霞がかった世界の中で、零がテーブルの上に置いてあった洋燈を手に取る音がした。ぼやけた視界の端を、目映いばかりに輝く青白い光が尾を引いてよぎる。それが、蒼弥の似姿に吸い込まれ、消えた。 
 零の密やかな笑い声、和服の衣擦れの音が緋彦の耳に届く。
――ああ、瞬きをして、笑っている
 誰が、とはもう考えられない。ぶつ、と緋彦の視界と意識が暗転した。全てが遠く感じる緋彦の意識に、零の声が滑り込む。

「お待たせ、蒼弥
     ―――――迎えに来たよ」

 もう何も、聞こえない。

:終:

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