: 少女Fと星撃ち :

* * *
 * *
* * *

はるか頭上、星のさざめく音色の聞こえて来そうな、凛と澄んだ夜のことです。
早くにお父様とお母様を亡くした少女Fは、ひとり窓辺に佇んで、あのりんりんと涼しげに光る連星が欲しいと言いました。
すると、窓の下に、黒い帽子とコートを着て黒い縁の眼鏡をかけた上背の高い男がやってきました。
「お嬢さん、お嬢さん。今晩はお嬢さん」
「今晩は、あなたはだあれ?」
「私は星撃ち、星撃ちで御座います。お嬢さん、あなたはどうにも、あのいっとう光るつがいのお星が欲しいと言う。どうです、私がこの銃で、あの星を撃ち落して進ぜましょう」
そう言って星撃ちは月明かりに青く映える銀の猟銃を掲げました。少女Fはこれに大層目を輝かして、星撃ちに是非あの星を撃ち落して欲しいと頼みました。
「ええ、ええ、承知致しました。お嬢さんはあのいっとう光るつがいのお星が欲しい。よろしい。実によろしい。それでは御覧あれ」
星撃ちは銀の猟銃を構えて天に向けますと、ろくに空も見ずに引き金を引きました。がおん、と獅子の吼えるような音がして、ちゃりん、と星の落ちる音がしました。
「お嬢さん、これがあなたの欲しがったお星です。どうです、綺麗なものでしょう」
撃ち落された星は、窓の桟の上でりんりんと、ふたつ共鳴して青く光を放っていました。
りいん、りん、りん、りいん、りん・・・
暫くは元気に鳴っていた星ですが、段々とそれが弱々しくなるのに少女Fは気付きました。
「どうしてかしら、段々音と光が弱くなるのね」
「それはそうです、お嬢さん。何せ撃ち落したものですから、寿命は短くて御座います。ほら、もうお星の血液が流れ出てしまいます。じきにこのお星は死ぬのです」
次第に青い光は桟から零れて、少女Fの足元まで流れつきます。それに対して、星の中からは光がすっかり流れてしまって、黒ずんだ塊になってしまっています。
「死んでしまったわ」
「ええ、ええ。死んでしまいました。このお星はもう駄目で御座います。さて、私は、星撃ちはこの後どう致しましょうか」
「そうね、もう少し長生きする星が欲しいわ」
「承知いたしました。星撃ちはお嬢さんにもう1つお星を撃ち落して進ぜます。よろしい、実によろしい。それでは御覧あれ」
がおん、獅子が吼えて、今度は緑の星が落ちて、さやさやと流れるような音を立てて桟の上で光っています。
しかしそれも次第に弱々しくなり、緑の光が、先の星の青の光と混ざって、少女Fの足元に溜まりました。
そうして窓辺に黒ずんだ星みっつ。
「さて、これで星撃ちはつがいひとつ、普通ひとつ、お嬢さんにお星を差し上げました。そしてこのお星も、もう駄目で御座います。光が抜けてしまいました。さて、私はこの後どう致しましょう」
「長生きする星が欲しいの。ずっと消えないような」
「承知いたしました。それでは御覧あれ」
がおん、がおん。
銃声が幾つも響きますが、星撃ちが撃ち落した星は、全てが全て、最後には黒ずんで死んでしまいます。その度に少女Fの足元には光が溜まり、空からは星が減っていきます。
終には空にひとつの星も無くなり、少女Fの部屋は目も開けられない程の光に満ちてしまいました。そこかしこがきらきらと光って、反射して、そこだけ太陽か月のように光っていました。
「さて、お嬢さん。これで全て星は落とし尽くしてしまいました。星撃ちはどう致しましょう。星が無くなっては星撃ちで居られません」
「私も、空に星が無くなっては星が手に入れられないわ。ねえ、どうすればこれを元に戻せるかしら」
少女Fがそう云うと、星撃ちは急に窓から部屋に身を乗り出して、少女Fに云いました。
「お嬢さん、お嬢さん知っていますか。星撃ちはひとつ、お嬢さんに隠し事をしていました。今からお話致しましょう。知っていますか、お嬢さん」
「なあに?」
「お星と云うのは、人の魂なので御座います。私は知っています。これらの光は全て人の魂で御座います」
「絵本で読んだことがあるわ。じゃあ、この部屋には亡くなった全ての人がいるのね」
「そうです。そうです。お嬢さん、聡明でいらっしゃる。しかし彼等は帰らねばなりません。魂は生身で地上にあっては生きて行けないので御座います。此方の世には帰っては来られないので御座います。しかし光が抜けただけなら、星撃ちにはこれが星に治せるのです。星撃ちは星を管理するのです。撃ち落したら元に戻さねば、叱られてしまいます。光を詰めなおして、空に戻しても宜しいでしょうか」
「ええ、そうして頂戴。怒られては可哀想だもの。ねえ、これが人の魂と云うのなら」
「云うのなら、何で御座いましょうか」
「いいえ、何でもないわ」
「そうで御座いますか」
そうしてその後、星撃ちはひとつひとつ丁寧に、慎重に、混ざり合った光の糸を手繰り寄せて、ひとつひとつ黒ずんだ星に詰めなおして、銀の糸で傷を縫い合わせて、銀の猟銃に詰めて空へ向かって打ち上げました。がおん、がおん、がおん。獅子が吼えて空に星がまた輝きます。
最後にはひとつも部屋に光は残らず、空にはりんりんと光る様々の星が散らばりました。
「さて、お嬢さん。解りましたか、お星は生きたままには手に入れられないので御座います。ですから星撃ちはお嬢さんの願いを叶える事が出来ませんでした。申し訳ありません」
「良いの。解ったから良いのよ。でも、やっぱり、ずっと光る星が欲しかったわ。ねえ、あなたは知らないの?消えない星を手に入れる方法」
「私は知らない訳ではありません、お嬢さん。知りたいですか」
「知りたい、けれど、少し待ってね、私に当てさせて」
「どうぞ、どうぞ。ごゆっくり、お考えになって下さい。実は星撃ち、お嬢さんにこのお話をするために来たのです。ですからお嬢さんの答えが決まるまで、この星撃ち、いくらでもお待ち致します」
そうして少女Fはうんうん唸りながら頭を目いっぱい働かせました。
太陽が昇って星が隠れて、月が昇って星が輝いて、もう2回ほどこれが繰り返されて、ついに解ったと、両の手を打って、少女Fは星撃ちに耳打ちしました。
「おお、お嬢さん、あなたは聡明です。大当たりです。寸分の違いも御座いません。それで、如何なさるのですか、星撃ちはそれを実行致しましょうか」
「ええ、お願い。これでずっと光る星が手に入るのね」
「その通りで御座います。お嬢さんはふたつ在る答えの片方をお選びになった。お諦めにならなかった。よろしい、実によろしい。星撃ち、お嬢さんに真に光るお星を差し上げましょう。それでは御覧あれ」
星撃ちはそうして銀の猟銃を持ち、少女Fの額に当てて、引き金に指をかけました。
「さようならお嬢さん。あなたはきっと綺麗なお星になりましょう」

がおん。

 * * * 

夜、星の鳴りさんざめく美しい夜で御座います。寂しい寂しいお方、永遠に光り続けるお星が欲しいお方、いらっしゃいますか。私は星撃ち、星撃ちです。あなたに星を撃ち落として進ぜます。お星が欲しい方、いらっしゃいますか。あなたが満足するまでこの星撃ち、御付き合い致します。ごゆっくりお考えになって、星を手に入れる方法をお探し下さい。ああ、そこの旦那様、どうやらあなたはあのいっとう可憐に光るお星が欲しいと云う。よろしい。実によろしい。では私、星撃ち、この銃であの星を撃ち落して進ぜましょう・・・

* * * 
 * *
* * *

 :終:

← |