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 私は全てを話した。
 まずは、私が感じる右手の話を。私の右手は、私の体を離れて勝手気ままに動いている、と。彼はそれを不思議がった。どうして既に無いものに感覚があるのかと。それについては、こう答えた。
「そうだな、この私の体の中には、そっくりそのままの見えない私が納まっていて、それは本来は別の世界のものなのだ。だから、右手が切断されて、実体から自由になったその透明な右手は、本来の世界で自由に動いている。ただ、その右手以外の透明な体はまだ私の中に納まっているから、右手の感覚が私に伝わってくるし、私も少しはその右手を動かせるのだ」と。
「それか、私の脳はまだ手が失くなった事を認めずに、動かせると思い込んでいるのかもしれない。私が感じる感覚は、過去の記憶のデータから呼び起こされた感覚で―これは、頭の中で林檎の味を思い浮かべるのと同じだろうな―、痛みもまた、腕が現実に機能しないことに苛立った神経が悲鳴を上げているだけなのかもしれない」
 これは私の勝手な解釈であるから、千寿にうまく伝わったかは分からない。それに対して、千寿はまた質問を浴びせる。本当に口の休む暇が無い。
「センセイは、感覚があると言いますけど、例えばどんな感覚ですか」
「・・・何かを、握っている。ずっと。そんな気がする」
「握っている?何を?」
 そして、私の右手の握るものの話をした。半透明の膜の向こうに在る私の右手は、私の感じる感覚では、常に何かを握っている。私が描く世界は、きっと全てがその握っているものに関連する。全ては私の記憶、そして右手の記憶だ。私にはかつて妻が居た。まだ私が拙い絵を描いていた時期だ。金も無く生活も豊かとは言えなかった。そして、彼女とともに、私の右手も失くなった。右手は彼女と共に。どうして妻は私の世界から居なくなったのか。あの時、自分が何を握っていたのか、覚えていない。ただ、何かを確りと握り締めていた記憶がある。それだけだ。
「それからだ。お前が連作だと思っていた、手の絵を描き始めたのは」
「その手は、今、何処にあるんですか?」
「さあ・・・忘れてしまった」
 本当のことを言ったのだが、この答えに千寿は少し肩を落とした。
「そんなにがっかりすることはないだろう。とにかく、これで全てだ。私の右腕について」
「ふうん・・・でも、まだ話してないこともあるんでしょう?」
 まっすぐに私の目を覗き込んでくる。目が洋燈の光を受けて、きらりと光っている。少し、怖くなった。