: 緋 :

 人形展が開かれる。それを聞いて、緋彦は気分が重くなったのを感じた。
 人形、あれには、あまり良い思いを持てない。数年前の事件が緋彦の脳裏に蘇る。あの日。親友が殺されたあの日から、人形がどうにも好きになれない。

 横たわる蒼弥は、正に人形だった。血の気の引いた、白い肌。命が止まり、それでもまだ滑らかで、微塵の腐敗臭すらさせず、本当に、人形のようだった。
 その日から、人形が人になり損ねた死体に見えて、恐怖を覚える。
 しかし、緋彦があの日感じた恐怖は、それだけではではなかった。
 零の、視線。あの日、蒼弥の死体を前にして、しかし微塵の動揺も見せなかった彼は、何臆することなく、蒼弥の死体に触れた。まるでまだ生きている蒼弥に触れるように、その肌を撫でた。その後、自分を見た、眼。まるで、緋彦の眼の中の思いを、自分ですら気付かないような感情を、読み取り、見透かすようなあの視線が、更に緋彦に恐怖を与えた。更にはその後、彼は満足そうに微笑み頷きすらしたのだ。
 零は、俺の中に何を見たのだろうか。緋彦は手元の封筒を見て、ため息をついた。
 封筒の表には、「夏目総二郎・回顧展、及び、夏目零・初個展案内」と書いてある。

 零の父、夏目総二郎は、世界的にも有名な人形師だった。主に球体関節人形を手がけ、それらはどれも繊細な表情や、細部まで作り込まれた四肢を持っていて、まるで、魂さえ入れば自らの意思で動き出すのではないか、と評された程だ。
 そう、まるで魂が入りさえすれば自ら動き出すような繊細さ、緻密さなのに、その肝心の魂が入っていないから動かない。壊れた、あるいは凍りついたの美しさを持つ人形たち。あと一歩で人間に成り損ねたイキモノ。
 その総二郎の技術を、完全に、完璧に、若干15歳で受け継いだのがその息子の零だ。零は総二郎の葬式の直前も、直後も、人形を造っていたのだと言う。
 零はやはり、父親の死の知らせを受け取った時も、あの答え方をしたのだろうか。
「ああ、そうなんですか」と、その時も言ったのだろうか。緋彦の背中に悪寒が走る。
 しかし兎に角、零はその人形への執着心とでも言えば良いのか、そのお陰で、総二郎の技術を殆ど体得していた。父の葬式の直前まで作られていた人形たちを見て、まるで、故人が死んだ直後にまた生き返ったような心持ちを、会葬者達は味わった事だろう。
 だからこそ、この人形展には、それは多くの人々が入ることだろう。
 その個展に、自分が名指しで招待されたのだ、断る理由も見つけられない。たまには、顔を見に行くかな。そう自分を納得させて、緋彦は封筒を置いた。