: 真 :

「ここだよ。さあ、入って」
 零は一つの扉の前で止まり、それを押して開け、先に入って緋彦を呼ぶ。緋彦は、それに従って、部屋に足を踏み入れた。ぱたん、と扉が閉まる。
 部屋の中は、天幕のような厚く暗い赤の布が壁に張り巡らされていて、まるで劇場の舞台を小型化したようになっていた。その壁際には、表に展示されていない人形や、人形の部品、例えば白く長い四肢、細やかな指先を持つ手首、光を反射し続けるだけの色とりどりの硝子の眼球。少しでも視線を動かせば、そこら中にある硝子の眼球の中のどれかと目があってしまいそうで、緋彦は俯いて閉まった入口に立っていた。
「はい、椅子」
「ああ、ありがとう・・・」
 こうなったら、用件を早く済ませてもらうに限る。そう思って、大人しく緋彦は椅子に座った。
「それで、見せたい物って?」
「・・・緋彦さんは、さ」
 緋彦の言葉を、聞いていなかったのか、故意に無視したのか、零が静かに切り出した。
「緋彦さんは、どこにあると思う?」
 質問の意図が、つかめない。
「何が・・・?」
「兄さんの、心臓。魂は、心臓のある所に集まってくるんだってね」
 静かに淡々と、しかしどこか笑いを含んだ口調だ。
 言っている意味は解らなかったが、心臓と魂と言う単語と、その口調は、朧げながらも、緋彦の口を開かせるに足る疑問をもたげさせた。

「・・・お前が、盗ったのか」
「さあ、どうだろうね」
 口の端に愉しそうだが冷えた笑みを浮かべて、零が答える。
「お前が、蒼弥を、殺したのか?」
「そうかもね」
 それを聞いた途端、緋彦は頭に怒りとも絶望ともつかない感情が血液と共に一瞬で上がってくるのを感じた。椅子に座った腰が浮き、拳に力が入る。しかし、それを零にぶつける事は、次の一言によって、叶えられる事は無かった。
「でも、僕だけが殺した訳じゃない。それにそもそも、殺した、死んだ、は正しくない」
「どういう・・・事、だ?」
「緋彦さんは、自分が兄さんを殺したとは、思っていないの」
 さも意外だ、と言った風に、零が驚いてみせる。
「思う訳、無いだろう。どうして俺が蒼弥を殺さなきゃいけない。そんな事、ある訳、無いだろう」
「本当?本当に、そうと言い切れるかい?」
 そう問われて、緋彦はしかし答える事が出来なかった。
「・・・それで、見せたいものって言うのはね」
 呆然としている緋彦を尻目に、零は唐突に話を変えて、自分の椅子の隣の椅子にかけてあった黒い天鵞絨の布を、さっと取り払った。手品師がその技を見せる時のように。