: 動かない少女D :

 少女D自分を何処か遠くに見ていました。暗い暗い部屋の中です。少女Dは小さな木の椅子に座る小さな自分を、上から眺める形で見ていました。
 どうにも少女Dの体ははぼろぼろで、腕には細かな無数の傷、服の下の胴にはへこみ、白い脚には大きな切り傷、緑の眼の片方に包帯を巻かれて、それで少女Dは椅子に座っているのです。
『かわいそうなあたし。今日もまた傷がひとつ増えるの』
 暗い暗い部屋の、時計が23時をさすと、部屋にひとつきりの扉が開いて、女の人が入って来ました。
『こんばんわお母様。今夜もご機嫌麗しくありませんわね』
 少女Dの言葉を、しかしお母様は聞いていません。そうしてひたりひたりと少女Dの座る椅子に近づいてきたお母様は、何の合図も無しにいきなり少女Dの体を殴りつけました。細くて軽い少女D、彼女はとても容易く床に倒れます。勢いで、脆くなった腕が変な方向へ、首も少し、曲がってしまいました。
 それを見たお母様は、ぱっと顔を上げて少女Dに駆け寄り、涙を流して謝りながら動かない少女Dを抱きしめました。
『かわいそうなお母様。私は動けないから抱きしめられない』

***

 お母様はまだ泣いています。涙の落ちる音がぽたりぽたり。けれども、どうあっても動かない、話もしない少女Dを、お母様はいきなり壁に投げつけました。がしゃん。少女Dの体は今度こそこなごな。
 少女Dの投げつけられた壁際には、先代の少女Dの体がたくさんあるのを、少女Dはずっと前から見ていたから、そうして今度の自分も壁際のそれらの一部になるのを知っていました。
 これで壊れた体いつつ。
『ねえお母様、私ずっとここにいるのよ。お母様には見えないでしょうけど。ああ、かわいそうなあたし。かわいそうなお母様』
 少女Dの最初の本当の体はもう土の下で、それから先は少女Dのお父様がこさえさせたそっくりのお人形。みんながそのお人形の体を少女Dと呼ぶものですから、少女Dは繋ぎとめられてこの暗い暗い部屋から離れられません。
 そうして今夜扉が開いて、お父様が小さな木の椅子に、小さな少女Dを座らせます。
 これで新しい体、また、ひとつ。
『ああ、なんてかわいそうなあたし』

 :終: