: ナナイの太陽 :

 ここは明るい。程よく太陽から離れているここの空気は温かくも冷たくも無い。光は眩しくて、ぼくの眼はつぶれてしまいそうだ。ああ眩しい、まぶしい、目が焼ける。ねえ、まぶしいったら。
 まぶしくてまぶしくて、あまりに眩し過ぎる光は、痛くて。両の目玉を引っ掻いて抉って引き抜いて、眼孔を掻き毟りたくなったけれど、とっくのとうにぼくの両手はどこかへ行ってしまっている。ああまぶしい。そろそろ冷たい闇が恋しい。こんな眩しい所にぼくを放り出した神様はきっとサディストだ。ねえまぶしいよ。
(ぼくのまぶたはとっくの昔に無くなっていて、)
 どこに顔を向けても明るい平地だけだ。影なんてひとつもない。
(手も足もないぼくは放り出されたまま向きも変えられず、ただ芋虫のように)
 ああ、太陽はそろそろぼくに飽きてくれたのだろうか、ナナイが迎えに来てくれた。
 ナナイの表面は冷たい。ナナイの両手代わりの大きな翼がぼくの目を覆う。暗転。太陽の名残がちかちかと目の中で明滅。
(それが少しだけ綺麗で、ぼくは感激。少しの痛みなら心地いいの)
 ナナイの笑顔が見える。ナナイはいつも微笑んでいる。『今日も生まれるはずのたくさんの小鳥が人間の胃の中に消えました』ナナイはそれでも笑んでいる。まだぼくの口が縫い付けられていないころ、ぼくはナナイに聞いた。どうしてナナイはいつもわらっているの。その時もナナイは笑って答えてくれなかったけれど、ぼくは知ってた。
 ナナイはずっと昔に本当に痛くてつらいことがあったのだけれど、それが痛くて痛くて仕方がないのに我慢なんてできないほど痛いのに、痛くない振りをして、笑って過ごして、それを何度も繰り返してそのうち、本当に痛いのか痛くないのか、何が痛いのか分からなくなってしまったんだ。
(僕はまだそこかしこが痛い)
 だからナナイはずっと微笑んでる。痛みがまだちゃんと痛いぼくにとって、ナナイのそれは更にぼくの心を抉る。痛いよ、いたい。きみのそのえがおが、いたい。
(ナナイの綺麗な心は太陽にキスをした)
 僕にはあの太陽は、ただまぶしくて、痛い。
(ナナイの心は黒こげだ)
 ぼくの両手両足からは赤い小鳥と金魚が絶えず生まれ続けている。金魚は空に飛び立ち、小鳥は引きずり出された心臓のように地に落ち痙攣する。
 さようなら、赤い小鳥。ナナイはぼくを連れて、太陽から遠ざかる。
 ああ、ぼくには太陽は痛くてまぶしいまま。
(ぼくにはナナイのように翼が無いから)
(太陽にキスもできない)

 :終: