: 甘く融けて :

 この膚が邪魔だ。水野アキラの首筋に指を沿わせながら、佐伯裕一は声に出さず思う。この半透明の膜の奥には、熱いほどに脈打つ血流が巡っていると云うのに、この膚がある故に、水野アキラを切に感じられない。こんな膚など、無ければ。
 無論、声に出されぬこの佐伯裕一の切なる想いは、水野アキラの脳に伝わる由も無く、水野アキラはいつに無く自分の体躯に触れてくる佐伯裕一を、今日は随分と積極的だな、位に思っている。
「裕一君、今日は何だか妙に、触ってくるね」
 まだ、足りない?と、ベッドの上に寝そべりながら、水野アキラは自分に覆い被さるようにしている佐伯裕一に囁き、彼の黒い髪に指を絡ませた。それを受けて、当の佐伯裕一は、艶然と微笑む。細められた眼と少し上がった口角の薄紅色に、水野アキラの心臓はテンポをひとつ上げた。
「アキラさん、明日は、雪が降るそうですよ」
「そうだっけ。寒くなるね」
「…寒いのは、嫌いだな。ねえ、アキラさん」
「どうしたの?」
「皮膚を剥いでも良い?」
「……また、いきなり」
 急な話に(いつもの事と云うのにいつまでも慣れない)水野アキラは困惑したが、佐伯裕一の瞳は(いつも通り)どこまでも本気であった。
「寒いんだ。寒いのは、嫌いです」
「暖まりたいの?」
「そう。融けてしまう位に。だから、皮膚を」
「…せめて、このまま抱きしめる位では?」
 皮膚を剥いだら、火傷してしまうよ、きっと。水野アキラがそう云うと、それは考え付かなかったとばかりに目を丸くして、佐伯裕一は一瞬、動きを止めた。
「火傷は、跡が綺麗じゃないから」
「諦める?」
 佐伯裕一は小さく頷く。それじゃあおいで、と水野アキラが布団を軽く叩くと、佐伯裕一はすんなりとその横に納まった。
「うん。そうだね。きつく抱きしめる、なら出来るよ」
「融けるくらいに?」
「心地良い温度でなら、一晩中でも」
「放さないで下さいね」
「任せなさい」

(裕一君、あったかい?)
(…アキラさんの手、熱いよ)
(今日は動いたから。ちょ、っと、裕一君)
(どうしたの、アキラさん)
(指、咬まないで…興奮するから)
(してもいいのに)

 :終: