: 真夏の夜の事件 :

 真夏の、まだ昼間から熱気も湿気も引き継いだままの夜です。
 夏の草むらはこんなに濃いにおいを出すのでしょうか、私は今までこうして草むらに転がることは無かったので分からないのですが。
 遠くで犬の吼える声が聞こえます。あなたは以前、日本にはもう狼は居ないんだよと教えてくれました。ならば、あの声は犬なのでしょう。月に向かって、随分と美しい声で吼えている。
 今宵の月は、満月ですね。あなたの背後にある朽ちた鉄塔の天辺で、鏡のように輝いています。青白い光がとても明るいので、あなたの顔が逆光でよく見えません。
 今夜の空は晴れていて、星がとても綺麗に見えます。天の川だって、ほらあんなにくっきりと。あなたが、私の目に映った天の川を見ているのが分かります。
 私の目は星空を映しているのにあなたの顔は上手く映せない。さっきは見えていたのに、もうぼんやりと霞んで見える。もう体を上手く動かすこともできないようです。
 あなたの指が、私の首から離れていくのが分かります。ずっと力を入れていて疲れましたか。外された指が、私の髪をなでてくれました。それと一緒に、胸に何かが突き刺さる。それは月の光を反射して光っているので、今の私にも見えます。綺麗ですね。
 あなたが何か言ってくれましたが、私には意味が取れませんでした。ただの音にしか聞こえない。悲しいことです。けれど、それがとても優しい声色で、暗い視界の中であなたは微笑んでいたので、きっと、優しい言葉だったのでしょう。嬉しい。
 ああ、もう何も見えない、聞こえない、けれど、あなたが去っていくのがわかります。ざくざくと、幽かな振動が感じ取れる。置いていかれるのは寂しいです。けれど、ここに来る前あなたは、ここにずっと居てねと云ったので、私はここに居るしかできない。
 ああ、もうあなたの気配は消えてしまった。私の体も、もう動かなくなってしまった。
 頭がぼんやりとして   ああ、寂しい あなたの そばに
 ああ  では、わたしは  あの鉄塔     を のぼっ て      月まで、そうして
 あなたの     かえる の  を    まって、

(「人間のいちばん美しい姿が白骨だって、君、知ってた?さあ、きれいになってね」)
(「その頃に、迎えにきてあげる」)

 :終: