: 落とす勇気は無い :

この容れ物にはどれだけの水が溜まっているのだろう。
怖いから中は覗けない。
かなり入っている事は確かだ。
重い。
けれど決して持てないほどと言う訳でもない。
だって現に、まだ立っていられる。まだ、この膝は地面につかない。
手が痺れて来てはいるけれど、まだ握っていられる。

この容れ物の中にはどれだけの水が溜まっているのだろう。
なみなみと表面張力が張る程ではない。
しかし、多い。
日増しにその嵩は少しずつ、少しずつ増えていく。
けれど、少し揺れたくらいではまだこぼれない。
たまに手と足が揺らいでも、まだそれくらいじゃこぼれてくれない。
中途半端に重い。

きっとこの容れ物の中の水の底には、
どろどろした黒いものが溜まっているに違いない。
そのどろどろとした腐臭は、僕の鼻にまで届いている。
ああ、気分が悪い。
でもまだ意識は失えない。

いっそ溢れてしまえば楽なのに。
いっそ手を離してしまえれば良いのに。

いっそひとおもいにこの手を離してしまおうか?
できるものならとっくにやっている。

ああ、重い、気持ちが悪い……うんざりする。
まだこぼれてはくれない。
まだ、手は完全に痺れてはくれない。

時々大きくぐらつくくせに、
容れ物は中身をこぼしてはくれない。

この容れ物にはどれだけの水が……?
怖いから底を覗けない。
見たらきっと、その水のあまりに多い事を知ってしまう。
どれほど今までの分が溜まっているのかを知ってしまう。
底なしで溜まっていく一方だってこともあるかも知れない。
そうであることを知りたくない。
知った所でどうなる、知らないからといってどうだというんだ。
これが重い事に変わりはないじゃないか。

中途半端な重さのこのどろどろとした黒いものが溜まる容れ物を持って、
ああ、僕はいつまでここに立っていれば良いのでしょうか。
早く、できるだけ早く。
零れるほどに、溢れるほどにふえて、手から滑り落ちて、
終わりにして欲しい、どうか。

 :終: