: 七夕のふたり :

 夜空の見える天窓の上空は、今にも雨が降り出しそうな曇り空だった。月の光も星の光も、僕らのいるこの部屋からは見ることができない。
 彼女は例のごとく、ソファにだらしなく寝そべっている。木組みにガラス天板の低いテーブルの上には、空になって氷だけが残っているコップがふたつ。アイスティの名残。今日はもう彼女の溜息と慣例のお話は終了している。今回はアリとライオンの間に生まれてしまった生き物だった。草も肉も食べられなくて、すぐに死んでしまう、あれ。
 お話が終わった後の空気は、気楽ではあるけれど、少し物足りない。
「お茶のおかわり、いる?」
「そうね、ちょうだい」
「はいはい」
 冷蔵庫からアイスティのポットを取り出し、コップふたつに注ぐ。氷の触れ合う硬質の音が良い感じだ。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「うん、ご苦労」
 コップを受け取って、彼女は一気に半分ほど飲み干す。豪快だ。
「……何も、今日死んでしまわなくてもよかったのにね」
 コップをテーブルに戻して、天窓を見上げて、彼女はつぶやいた。
「君のアントライオンの話?」
「そうよ。何も七夕の日に……何、その顔」
「いや、今日は七夕だったんだな、って」
 全く気づかなかった。今日はそうか、七夕だったのか。意外な指摘に僕が驚いていると、彼女は僕を怪訝そうな目で見た。
「星が好きなくせに、気にしないの?」
「神話は、そんなに……」
「ロマンが無いわね」
 今度は哀れむような視線で彼女は僕を見た。失礼な。
「知らない訳じゃないんだけどね」
「知らなかったら驚きよ。でも、そうか。今日は曇りね。織り姫も彦星も会えないわね。ざまぁ」
「知ってる?星は雲の上にあるんだよ」
「知ってるわよ。やなやつ。乙女の夢をぶちこわさないでくれる?」
「乙女」
「何よ」
「いや、別に」
「下から見えない雲の上でいちゃついてるなんて……!許しがたいわ!」
「乙女がそんな事云うかなぁ……」
「うるさいわね」
 雲上の架空の恋人たちに恨みをぶつける乙女は、残り半分のアイスティを3口で飲み干して、再度おかわりを僕に命じた。
 キッチンに立つと、リビングのから彼女のけだるげな声が聞こえてきた。
「ねえ短冊無いの?」
「無いよ。ついでに云うと笹も無いよ」
「何か願掛けとかないの?」
「例えば?」
「恋人をくださいとか」
「神頼みにするにはちょっと無責任な願いだ」
「それもそうね」
「それに僕は、彦星に喧嘩売ってるからね。きっと嫌われてる」
「えっ、何それ電波……」
「失礼な」

(僕は頻繁に会えますけど、羨ましいですか?)
(まあ、あなた方のような関係ではないですけど)

 :終: