: 荒野に :

 砂だらけの荒野の上に立っていたのは私だけだった。首から下げた小さな袋がひどく重く感じられる。中には花の種が入っているだけだと云うのに。
 雨が降っていた。珍しいくらいの降水量だ。私が立つ荒野に、勢いよく染み込んでいく。荒野中に散っていた赤い色が、雨に押されて地にどんどんと染み込んでいく。赤い水と雨が混ざりあって、広がって、染み込んでいく。
 錆のにおいのする荒野に立っているのは私だけだった。銃はとっくに用済みになっていた。用済みになっているにも関わらず、私はまだ右手にそれを持っていた。もうこれで倒すべきものなど、ここには居ないのに。
 雨が降っている。荒野に伏す友人や友人でないもの達の体だけ残して、そこから流れるものは地に吸わせて、雨が降る。私だけが残される。
 私が持っているのは、銃と、刃こぼれしたナイフと、繋がらない無線機と、小さなラジオの残骸と、花の種だけだった。友人から託された手紙はなくしてしまった。友人に託した手紙もなくなってしまった。もう何処にも届かない。
 雨は止んだ。砂だらけだった荒野は水分を吸って黒々としている。
 風が吹いた。強い風は、私の頭上を覆う雲を吹き飛ばしていった。
 空が見えた。抜けるような青い空に、淡く大きな虹が湧きたった。
 呆然とする私の腰元から、何か音が聞こえてきた。残骸になったと思っていたラジオが鳴っている。ノイズ混じりの音楽を、ラジオは吐き出していた。次第にラジオから流れる音は大きくなる。手に取ると、低音にあわせて振動している。ラジオを下げていた紐が切れて、ラジオは地面に落ちる。
 ラジオが地面にふれた途端、荒野の様子が一変した。
 黒々とした荒野は、瞬時に淡い緑色に覆われる。地に伏す友人を中心点に、芽吹いたのだ、種が。
 ラジオの音が地に伝わる。水面に小石が投げ入れられたように、ラジオを中心に芽は成長していく。
 旋律で茎は伸び、律動で葉が萌え、そして花が咲く。
 懐かしい曲が終わる頃には、周りはもう花に覆われていた。荒野の気配はもう無い。友人達の体も、もう花に埋もれて、見えない。
 ただ、私の周りだけが、黒かった。私の花の種は、まだ、首から下げた守り袋の中だった。友人達と揃いで持っていた守りだ。ここに出る前に、名も知らない少女からもらった。
 立っているのは私だけで、私の周りだけが黒い地面を見せていた。
 足下のラジオが、ノイズ混じりにまた小さく歌い始めた。
 咲き誇る花が、緩やかに吹く風にそよいでいる。淡い色彩が波を立てる。
 右手から何かが滑り落ちた。
 今まで忘れていたそれを見る。拾い上げる。
 私は、

(種を、蒔く)
(花が、咲く)

 :終: