: 写真のこと・前 :

 久しぶりにどこぞの山に行ってきたとのことで、友人から10枚ほど写真を貰った。貰った写真の大半は渓流や木々の風景写真で、そのまま観光案内用にでも使えそうなものだった。しかし、その中に2、3枚、他の風景写真とは雰囲気の違うものが混じっていた。
 どうやら、山間の小さな集落を撮ったものらしい。木造の建物のほとんどが朽ちかけている。なるほど、廃村や廃墟が好きな彼らしい被写体だ。何度か連れだって廃墟巡りをしたことがあるが、彼の古い建造物や忘れられかけた住居の痕跡などへの関心はかなり高い。過去の痕跡が見えるのが楽しいそうだ。今は朽ちている建物から、それを想像するのが、とも言っていた。なるほど、前者が楽しいのは私にも解る。かく言う私も、彼と廃墟巡りに行くほどなのだから、その手のものは割合好きな方である。ただ、彼と同じ意味で私が楽しんでいるかと言えば、そうではないと思う。まあ、彼の楽しみ方も理解できるし、これは未だに彼には言っていないのだが。
 ともあれ、写真である。どれもよく撮れているように見える。彼は学生時代に講義を放り投げて、師匠と敬愛している写真家について旅に出てしまうような男である。どうやらその写真家にも腕前は認められていたようで、素人の私などの撮るものでは全く及ばない。どれも大判で刷ってあったので、何枚かはこの前貰ったものと差し替えに、額に入れておくことにした。
 どれを額に入れるべきか、机の上に並べておいて見てみることにした。そろそろ暑い盛りだから、水気のある写真の方が良いかと、一枚に手を伸ばした。が、ふと違和感を感じて、手を引いた。並べた写真のどこかが、おかしい。手を伸ばした渓流の写真に、特に異常な点はないようだ。では、なにがそう感じさせているのだろう。
 違和感は、どうやら何枚かの廃村の写真から来ているらしかった。それでは、どこがおかしいのか。廃村の写真だけ拾って眺めて見ると、なるほど、よくわかった。
 廃村だと判断していたが、よくよくみればそこかしこに、集落の人間が写っていたのだった。まあ、廃村になりそうな集落だったのだろう。しかし、どう見てもこの写真は人を撮ったものではなく、建造物を撮ったものだ。人の姿は想定外だという雰囲気がありありと出ている。彼が現像後にこの村人達の姿に気づいたとしたら、恐らく、失敗したと考えるだろう。そうなのであれば、私に送ってきたりはしないのだが。
 つまり、彼もこの村人達に気づいていなかった、ということなのか。しかし、ぱっと見ただけで4人はいる。これがファインダー越しに見えなかったわけでもあるまい。この山間の集落を撮ったものは、どうにも彼の意図をはかりかねる写真なのだった。
 解らなければ、聞けば良い。そう考えて、携帯電話で彼の番号を呼びだす。今の時間ならば暇にしているだろう。私の目論見は当たり、3回のコールで彼は電話に出た。

「おう、何の用だ」
「何の用だ、はないだろう。写真が届いたよ」
「ああ、あれか。どうだった」
「相変わらず良い写真を撮るな」
「……その文句も聞きあきたな」
「わがままだな。ただ、ちょっと気になる写真はあった」
「どれだ」
「山間の集落か何かの写真。何枚か混ぜただろう」
「ああ、あれか。しばらく廃墟遊びにも行ってないからな、久しぶりにそういうのもどうかと思って」
「うん、悪くないな。ただ……あれは、失敗じゃないか?」
「失敗?どこが」
「どこが、か……」
「何だよ」
「いや、まあ、私の思い違いだったようだ。うん、良い写真だよ」
「妙に引っかかる事を言うな、今日は」
「なに、お前の写真の腕は相変わらず良いって事だよ」
「何だそれ」
「ところで、その場所って近場か?」
「そうでもない。5時間は離れてるな」
「ずいぶん遠いな」
「何だ、行くか?行くなら道は覚えてるから、連れてくぞ」
「考えておく」

 その後、2、3話をして、電話を切った。
 面白いこともあるものだ。どうやら彼は、気づいていなかったらしい。あれほどはっきりと見える人影を、彼はたぶん、肉眼で認識はしていなかったのだ。
 もう一度、廃村の写真を見てみる。廃村の写真は合計3枚で、内2枚に人が紛れ込んでいるようだ。別の1枚をじっくり眺めてから、その2枚に目を戻した。
 その瞬間、写真の中の村人達と、目があった。
 いくつもの虚ろな目が一斉に私を見ているのである。これは一体どういうことだろうか。気のせい、なのだろうか。気のせいだと仮定して、一度目をそらしてみる。
 もう一度写真を視界に入れると、村人達の姿が大きくなっている。要するに、近づいてきているのだ。
 ――これは、面白い。

 翌朝、まだ日も昇らぬ時間、部屋に携帯電話のコール音が響いた。表示されている名前は彼のもので、通話ボタンを押した瞬間、せっぱ詰まった声が聞こえた。要領を得ないので、聞き返すと、とにかく来てくれ、と言って電話は切れた。
 仕方なく、出向くことにする。
 目の前の、粉々になった額縁のガラス片を踏まないように気をつけて寝室を出る。直径1メートルの正円状に広がったガラスの中に、昨日の廃村の写真の残骸が散っている。ガラス片の、額縁の内側だった部分は中途半端なすりガラスのようになっている。どれもこれも、昨夜中に起こったことの残骸だった。
 身支度を整えてから、また寝室に戻る。ガラス片の円の中から、手を傷つけないように注意して写真の残骸を拾い上げて、白い半紙で包む。円の外側に置いておいた村人の写っていない写真を拾い上げて、半紙の包みと一緒に鞄に放り込む。
 帰ったら片づけるのが面倒だが、仕方がない。ガラス片はそのまま放置して、彼の住んでいるマンションへ向かった。

 驚いたことに、玄関で私を出迎えたのは、血まみれの友人だった。どうやら腕に大きな裂傷ができているらしい。おそらくは、何か鋭利な刃物で斬りつけられたような傷が。

「……遅い」
「これでも急いで来たんだが。で、何だ?そのざまは」
「それが俺にもよくわからん」
「よくわからんのに、救急車も呼ばずにまず私を呼ぶのか、お前は」
「確かにどうかしてたよ……友人が原因不明の怪我してるって云うのに心配もしない奴に電話するなんてな」
「心配してなかったら来ない」
「いや、楽しそうじゃなかったら来ない、の間違いだろう」
「それもあるが……まあ、まずは病院に行くべきじゃないのか?」
「そうだな……で、車くらい運転してくれるんだよな?」
「それくらいはやってやろうじゃないか」
「……嫌に素直だな」
「人の好意は素直に受け取れよ」

 怪訝そうな目を向ける彼から鍵を受け取り、近場の総合病院に向かう。病院嫌いな彼が渋々といった様子で病院の中に入るのを見届けて、駐車場に移動する。暇つぶしに、後部座席に置いてあった彼の読みかけの本を読むことにした。
 中盤にさしかかったところで、助手席のドアが開いて、彼が入ってきた。

「もう戻ってきたのか、良いところだったのに」
「もうって程早くない」
「なんて説明したんだ?」
「家でガラスの取り扱いに失敗した」
「それはガラスの傷口じゃないだろう」
「あの医者、かまいたちですかね、とかぬかしやがったぞ」
「何だ、腕のいいのに当たったじゃないか。あの妖怪医者、腕は確かだからな」
「知り合いかよ……まあ、確かに処置は早かったよ」
「だろう?で、どうする、このまま家に戻るか?」
「ああ、そうだな。見せるものもあるし」

 どうやら彼が私を呼んだのは、病院への足としてだけではなかったようだ。マンションの彼の部屋に入ると、見せたいものがあると云われて、リビングに通された。
 リビングの様子は惨憺たるものだった。中心に据えてあるガラステーブルの周りは、特に。テーブルの天板は割れているし、その上に置いてあったのだろうテレビのリモコンや雑誌、カップ類や灰皿が、著しく破損した状態で散乱している。その上に、彼自身の血が飛び散っているのだから、さながら凶悪な事件現場のような風情だ。

「すごいな、これ」
「だろ?」
「で、これを私に見せてどうするんだ?」
「さあ……そういや、どうすんだって話だよな……とりあえず、片づけ手伝えよ」
「話を聞こうにも、これじゃあ座れもしないからな」

 彼が片腕を吊っている状態なので、仕方なくほとんどの部分を私が片づける羽目になってしまった。壊れているものは捨ててしまって構わないというので、遠慮なくゴミ袋に放り込んでいった。幸い、ガラスが散っていたのは床だけだったため、大きいものは拾って、残りは掃除機で吸い込む。後は適当に飛び散った血液を拭きとって終いにした。
 一通り片づけが済んで、ソファに腰掛けると、後ろからコーヒーの入ったカップが差し出された。

「……ホット?」
「アイス。お前猫舌だろ」
「ありがたいね」
「悪いな、全部やらせちまって」
「お前の手がそれじゃあ仕方がないだろう。私だって、ガラスだらけの場所に素足で踏み込みたくはないし」
「何にせよ、助かった。しかし、天板がねえテーブルっつうのは……不便だな」
「縁が残ってる分、ましだろう。それで、今朝何があったんだ?」
「あー、忘れるところだった。まあ、そうは言っても、俺にも何がなんだか良くわからんが」
「話すだけ話してみればいいだろう、それとも私はただ働きか?」
「何でそんなに楽しそうなんだよ」
「不可解な事件なんて、身近じゃ起こらないだろ?お前の命に別状も無いことだし、それは楽しいさ」
「ああ、お前はそういう奴だよな……」

 とりあえず起こったことだけを話す、と前置きをして、彼は話を始めた。

「昨日の夕方、お前から電話があっただろ?廃村の写真がどうのっていう。俺は別段、いつも通りだと思ったんだが……人から言われると気になるもんでな。じっくり見てみようじゃないかと思って、あの村で取った写真だけ取り出して、このテーブルの上に広げて置いたんだが……あれも捨てたか?」
「いや、写真は何ともなかったからな、そこにまとめて置いてあるよ」
「そうか……まあ、それで、一応ひと通り、ネガも含めて見てみたんだが、やっぱり何もわからなくてな。あとでお前に聞けばいいかと思って、そのまま放置して風呂に入って寝たんだが……夜中に、ここから妙な音が聞こえて」
「妙な音?」
「ああ、人の話し声、みたいな……ぼそぼそ云ってるようなんだが、嫌に声が耳につくんだ。そもそも、寝室からここでのぼそぼそいう声が聞こえる訳が無いのにな……気味が悪いんだが、物取りでも入ってたら、それはそれで事だからな、電気をつけないようにして、ここに向かったんだが。その前に玄関を確認してみたら、俺が施錠した時そのままだった。流石に俺だって、寝てる間に自分ちの玄関の鍵が開けられたら気がつく」
「それで?どうしたんだ」
「まあ、とにかく……窓から入られたのかも知れんと思って、そこのドアの前まで行ったんだが……おかしなことに、話し声は聞こえるのに人の気配がしない。物取りが物色するような音もしないし、あれだけ話す声は聞こえるのに、何を言っているのかさっぱりわからなかった。そういうことに気付いたら、急に鳥肌が立ってきてな……思い出しただけでこれだ。しばらく、部屋の前でどうしたものか悩んでいたんだが、急に話し声が止んで、代わりに、物が壊れる派手な音がして、不気味なのも吹っ飛んだ」
「吹っ飛んだか」
「そりゃあお前、吹っ飛んださ。このテーブル高かったんだぜ?それで、頭に血が上って、思いっきりドアを開いて、電気をつけたら、このざまだ」
「なにか見なかったか?」
「見た」
「何を」
「テーブルの残骸を囲んでる、あれは男だったか……?知らない人間が何人も居たのを。パッと見、窓もこじ開けられてないのが不思議だったが、とにかくむかついてたからな、問いただそうと思って近付いてったら、これだ。それで、やられた、と思ったらそいつら、一斉に消えやがって、それで、混乱してお前に電話を入れた訳だ」
「消えた?」
「消えた。何か言いながら、すうっとな。しかし、よくよく思い出してみると気味の悪ぃ話だな。俺が見たのも、なんだかわからんし。人に見えたが、全体的に印象がぼんやりしててな、電気つけたってのにおかしな話だ。俺が近付いてもこっち見ながらぶつぶつ言ってるわ、いきなり斬りつけてくるわ……なあ、俺が見たのは何だったんだ?」
「そこまで情報を持ってて、まだ聞くのか?それじゃあ、私が何だと言った所で、信じるかどうか……」
「何だそれ」

 いかにも彼が不思議そうに聞いてくるので、解りやすいように説明してやることにした。
 まずは、彼と私との間にあるテーブルの残骸を脇にどかし、床に腰を下ろして、天板の残骸の中から拾い上げた廃村の写真を広げる。
 こう何枚もあると、圧巻でもある。どの写真にもところどころに人が写っていて、ことごとくこちらを恨めしそうな目で見ている。全部で合わせて10数人はいるだろうか。

「この写真は面白いが、やっぱり失敗だよ」
「こいつが原因だってのか?」

 彼は私と写真の川を挟んで差し向かいに座り、怪訝そうに写真を眺めた。これは、本当に見えていないらしい。ここまで何も感じないのも、珍しいと思う。

「まあ、そうだな。お前には見えなかったんだろうが、この廃村にはまだ人が居たのさ」
「まさか。どこにも人の痕跡なんて無かったぞ」
「……見えない人間には、見えないものが居たんだよ」
「嘘だろ?」
「お前が怪我までして体験した事が嘘だって言うなら、嘘だろうよ」
「マジかよ……でも、何でそんなのが分かるんだよ」
「知らなかったか?私はそういうのが少なからず見える手合いの人間だ」
「そいつは……初耳だな」
「言ってなかったからな。でも、これに関しては、はっきり見えすぎて、逆にお前が大失敗したんじゃないかと疑ったくらいだ」
「電話で言ってた時、何が見えてたんだ?」
「写真のそこここに、人の姿が見えた。実際に居たら、肉眼でもファインダー越しでも気づくような位置に。だが、写真のピントは完全に建造物だけに絞ってあったから、お前の意図する所が良く解らない写真に見えたんだ。人も入れるなら、それなりの撮り方をお前はするだろう?それなのに、完全に人の姿が異質で、想定外だと思える写真の撮り方をしていたから、気になって電話したんだ。どういう意図で撮ったのか」
「でも、俺には何も見えなかった、と」
「そう。何もおかしなところはない、と言われたからな。本当に見えていなかったならあれは何だったのか、と思って、もう一度写真を見て、驚いたね」
「何だよ」
「電話をかけるまでてんでばらばらの方向を向いていた村人が、全員こっちを見ていたのさ」
「うわ……気色悪ぃ」
「今だって見てるぞ」
「俺には全然見えねえんだがなぁ」
「それは残念だな」
「いや、別にそんなん見たくねえし……で、何か?俺がそいつらを含めて廃村の写真を撮ったのが、いけなかったのか?」
「いや、それだけならまだ良かったんだが。あえて言うなら、これがいけない」

 何枚もある廃村の写真の中から、1枚を抜き出して、渡す。これは私の方にも送られてきた内の1枚でもあった。村の民家ではなく、朽ちかけた祠を至近距離で正面から撮ったもので、写真だけ見たならば一種の風情のあるものなのだが、今はそれは問題ではなかった。

「この祠がどうしたよ。これにもなんか写ってんのか?」
「これはお前にだって見える。この祠の奥の方に見えるこれだ。何だか解るか?」
「撮ったときにはよく見えなかったが……何かの山か?」
「骨さ」
「骨ぇ?」
「そう。ひとつがひとり分。代々の村長のものだろう。村の守護を蓄積してた訳だ。要するに、御神体だ」
「で?」
「まだ解らないのか?それをお前が写真におさめてしまったから、村への加護が減ったんだよ。しかもお前はそれを焼き増しして、更に拡散させてしまった、と」
「それで怒って出てきたっつーのか」
「おおむねそんなところだろう」
「んな馬鹿な……」
「馬鹿なも何も、現に怪我してるんだから、疑いようも無いだろうに。相当恨まれてるぞ、お前」

 彼は納得の行かない様子で、写真を眺め回している。だが、あれだけの事を起こすようなものが、こちらに出てこなければ見えなかったのだから、いくら目を凝らした所で写っている以上のものは見えないだろう。
 ふと、何かに気付いたようで、彼が顔を上げる。

「でも、俺はお前にも写真送ったよな?そんでその中の奴らも、お前のこと見てたんだろ?何でお前は大丈夫なんだよ」
「それはまあ、私は自衛したからね。楽しませて貰ったよ」
「楽しんだって何を」
「この祠の写真だけ額の外に出しておいて、他は塩を四隅につけた額に入れて、額の周りを酒の円で囲んだ。簡単に言えば、閉じ込めた」
「お前、それって逆なでしてるだけじゃ……」
「そうだね。鎌やら鉈やらの武器を手に手に写真から出てこようとしていたが、まず清めた額に入ってるから、それを破壊しないと出て来られないし、しばらく額の中で暴れていたな。4人くらいだったが、すごい形相だったぞ。それで、結局額の外には出てこられなかったらしくて、最後に額だけは粉々にして、それきり静かになったな。まあ、それも円の外までは出てこられなかったようだが。お蔭で部屋の真ん中にガラス片の円ができてしまった」
「それが楽しいとか、悪趣味な奴……っておい、まさか、」
「うん、たぶんお前の怪我がそこまで酷かったのは、私の所で怒り心頭に達してたからだろうね。電話がかかってきた時間も大体その辺りだったし」
「ちょっと待て、それとばっちりじゃねえか!死んでたらどうすんだよ!」
「ああ、それなら大丈夫」
「何で」
「本来なら写真に写して、村を出た時点で恨みは発動してるはずだから。お前は事故も起こさずに帰ってきただろう?まあ、恐らく帰りに麓の宿には泊まれなかったと思うが」
「何でそこまで」
「大体想像はつく。そんな恨みの雰囲気を背負った男なんて、勘がいいフロントは断るさ。まあ、そんなわけで、多少の事なら大丈夫だとふんだ」
「で、お前は無傷で俺はこのザマか……じゃあ、これはお前のせいだと考えていいんだな?」
「半分は自業自得だ」
「せいぜい3割だろ」
「どうだかなぁ」
「道理で素直に車出したわけだよ……ん?でもこいつらってそれだけ怒ってたわけだろ?じゃあ、何で今はここにいないんだ?斬りつけた後にすぐ消えちまったし」
「彼らは、この祠の加護を信じ過ぎていて、その効力の範囲からは出られなくなったんだよ。この写真は確かに祠の中身ごと写し取られてはいるが、所詮レプリカだ、私に渡すために更にコピーもしたから、加護の効果は薄まる。だから、あまり長い間は彼らも存在出来なかったんだろう。夜明けも近かったし……丁度消えたような時間は、私が自分の方の写真に封印をしてしまったから、なおさら力が弱まったんだろうな」

 私は自分の鞄の中から、行きがけに放り込んできた1枚を取り出して、彼に見せた。裏に封をしてあるので、今は何の変哲もないただの1枚の写真だ。昨晩は、円の中の気配が消えてこの封をし終わったところに、彼から電話がかかってきたのだった。

「うわっ何だこれ気持ち悪ぃ」
「失礼な。きちんと効果はあるんだぞ」
「いやまあそうなんだろうが、こりゃお前、明らかに呪いの品だぜ」
「これを施さないと、それこそ呪いの品なんだが」
「じゃあ、俺のもやってくれよ」
「言われなくてもやるよ。こんな危なっかしいもの、放っておけるか」

 差し出された写真を裏返して床に置き、鞄の中からペットボトルに入れた水と、毛筆、硯、墨の一式を取り出す。充分に濃く墨をすってから、たっぷりと筆に含ませて、白い写真の裏に封を施す。

「……ずいぶん手馴れてないか?」
「子供の頃、妖怪医者に随分仕込まれたからな」
「え、あのじじい?」
「私の爺さんの知り合いで、昔から交流があったんだ。見えるなりの護身のひとつさ。まあ、こうやって楽しみにも使えるんだから、教わっておいて損はなかったな」
「あの爺さんがなぁ……ありゃどう見ても、あの爺さんが妖怪だろ」
「私もそう思う」
「それで、これでもう大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは」
「いや、もう何も起こらねえのかって事」
「ひとまずはな」
「ひとまずかよ……」
「まあ、今回のような事は起こらないと思うが」
「思うが、何だ」
「恨まれたままなのは変わらんさ。未だに向こうはお前を探してるのに変わりはないな」
「じゃあどうすんだよ」
「現場に行って、この写真と、そうだな……ネガもこの部分だけでいいか。それを元の場所、つまりこの祠に戻してくれば、縁も切れるだろう。廃村の写真も全部入れてしまえ」
「そんな事で良いのか?」
「……そんな事、ね」
「何か変なこと言ったか?」
「まあやってみれば分かるさ。やるか?」
「恨まれっぱなしも嫌だしな。戻してくるよ」
「よし、分かった。じゃあなるべく早いほうが良いだろ。出掛けるぞ」
「うわ、テンション高……嫌な予感がしてきた」
「もう取り消せないからな」
「……で、何を用意すりゃいいんだ?」
「とりあえず、お前が用意するのは着替えと体力と、金だな」

 :続: